即戦力 早くから専門的に

今さらながらだが高等専門学校、いわゆる「高専」について知りたいと思った。専門分野を学んでいることまではイメージできるが、授業はどんな様子なのか。全国に国立高専は51校。そのうちの一校、明石工業高等専門学校(兵庫県明石市)を訪ねた。【編集長・三角真理】

*歴史

国立高専の誕生のきっかけは1950年代後半、産業界からの要望だった。経済成長が自覚ましいころで、「技術の進歩に対応できる人材を育ててほしい」という声が強まった。こうした背景から、即戦力として活躍できる技術者を育てることを自的に、62年に全国に12校が開校した。高専は中学を卒業した人が対象。5年制で、卒業後は高専の専攻科(2年制)への進学のほか、大学へ編入学の道もある。高専に通う若者は「生徒」ではなく「学生」と呼ばれる。主体性を重視しているからだという。なるほど広辞苑を引くと、「生徒」は「教育を受ける者」、「学生」は「学業を修めるもの」などとある。

*明石

取材で訪ねた明石高専は機械工学、電気情報工学など4学科あり、1学年各学科40人。学生の約7割が兵庫票内出身で、約3割が全国各地から。通いにくい人のために寮(定異259人)もある。卒業後は進学が7割。3割が専門性を生かした企業への就職などだ。授業は1コマ90分。先生は教授、准教授などの肩書がある。どこをとっても「大学」に近い感じ、こ。部活は、高校のように各種あり、3年までは高校の大会に出場し、4、5年になると大学の大会に出場している。これ以外に高専の大会もある。説明が長くなったが、いよいよ授業へ

*授業

この日建築学科3年が取り組んでいたテーマは「JR西明石駅近くに子ども図書館をつくることになったと仮定し、その設計の委託を受けたとする。どのような図書館をつくるか、模型をつくって考える」。3週間前から取り組んでおり、この日はつくった模型を非常勤講師の徳岡浩二さん(61)にみてもらう。徳岡さんは吹田市立建都ライブラリー(大阪市)、ちえの森ちづ図書館(鳥取県)などの設計を手掛けた1級建築士だ。「第一線で活躍するプロの話は実践に役立つ」と同学科の本塚智貴准教授は教室の脇で見守る。
学生は、自分がつくった模型を手にしながら工夫した点などを説明。それを聞いた徳岡さんが学生に質問や助言をする。たとえば、自分の考えた建物を説明した女子学生に、徳岡さんは建物ではなく駐輪場について質問した。「駐輪場はここに設置するのかな?でもこの位置は駅から来た人には見えないからきっと多くの人は入口付近に好き勝手にとめちゃう。自転車であふれかえるね」。女子学生は「そっかあ」という表情。見落としていた視点だったようだ。2棟の建物を配置する案を説明した男子学生には「狙いは分かったけれど、この2棟をどうつなげる?廊下でつなぐか、それともつなげないのか」。模型にはその様子が表現されていなかった。
別の男子学生は「トイレをどこに置いたらよいか迷っています」と相談。徳岡さんは「図書館で子どもがトイレに行きたいときは、ギリギリまで我慢して最後にとんでいく。それに間に合うように近いところを考えなあかんね。大人は音が気になるから、読書空間に響かないように離れたところ、と考える」。授業の最後に徳岡さんは「友達の模郡を見ると『上手やなあ』と思いますよね。でも人のまねはしないように。最初に浮かんだ、自分の思いが入った作品には個性がある。その個性を大事にしてほしい」と話した。

*学生の声

学生たちに学生たちに高専に進学した理由などを聞いた。中川紗那さんは「神戸の異人館や建築系のテレビ番組が好きで、建築を詳しく勉強したいと高専を選んだ。自由な校風にもひかれた」と話し、「5年間同じメンバーで勉強できるのも楽しい」と満足そうだった。竹市安里さんは小学校のころから転校を多く経験してきて「いろんな学校や家を見てきて『この遵いはなんだろう』と考えるようになり、建築に興味を持った」。高専を選んだのは「早くから専門的に建築を学びたいと思ったことと、自由な雰囲気がいいと思ったから」と話した。愛媛県四国中央市出身はとで寮生活を送る長野晏大さんは「姉が高専に通っていて、専門の先生が教えてくれることや就職しやすいことを聞いて、選んだ」と話す。「自標が同じ人たちと一緒なので刺激になる」といい、将来は建築家を自指している。今回、学生たちはJR西明石駅近くに行って、周辺にどんなものがあるかや日差しの向きなどの調査をした。模型の素材は自由なので、紙や段ボールなど自分で考えた。行動力が求められていると感じた。同校の梶村好宏副校長は「高専で5年間学んだ学生たちは、大学卒レベルの即戦力となる」と語る。