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『建築―ゆずり葉のデザイン』

建築―ゆずり葉のデザイン著書 徳岡昌克
発行所 日刊建設工業新聞社
発売元 相模書房
編集 南風舎
印刷 廣済堂
はじめに
ミース・ファン・デル・ローエは1965年頃、建築は時代が属する文明の尺度だとして建築の乱れを嘆いていた。すでにその頃から多くの挑戦者が現れてミース風にいえば建築はできるだけ風変わりに創ろうと試みられてきたとも言える。葉巻をくゆらせながら、シカゴで窓外に眼をやっていたミースの胸中に去来していたものはなにか。1922年ガラスのスカイスクレーパーを発表して以来、アメリカの工業化の波にのってミースの現代建築に果たした役割の大きさは誰も否定できない。いまなおミースの教義の真髄をわきまえて表現すれば高い評価が得られるのではないだろうか。IITではいまもミースの教えにのっとった教育が行われているとか。教える側にすればミースのように教条的に教えることができれば幸いかも知れない、教わる方も確実に身につくものがあるのではないだろうか。

 私が受けた建築についての手ほどきは京都工業専門学校(現京都工芸繊維大学)でのわずか3年間のことではあったが、それぞれの教科について諸先生が情熱と哲学、人生観をぶつけての講義だった。場所が京都だったのもよかった。古いが新しく美しいものが見られた。教条的な教え方ではなかったが、自分自身の美しいものを見る目を養う教育を受けたと感謝している。教科は建築の計画、意匠、構造、設備全般にわたっていたから基礎的な素養は身についた。初心者に建築を教えるということは、建築づくりの心得、基礎と情熱と哲学を持って伝えるしかない。この著作が、若い人たちの役にたてば幸いだ。1951年の卒業時にすでに級友たちはライトやコルやミースのことを話題にしていたが、私は仲間に入ることなくただ教科をまじめに学んだ。

 卒業後14年間竹中工務店で設計に従事した後、賜暇を得て1965年から2年間アメリカの設計事務所で働いていた。帰国にあたり2ヵ月間、アメリカ、カナダ、ヨーロッパを廻って、復職してからやっと気にしだしたのだが、通算満52年間建築とはなにかを追い続けている。
 私は本質的に光と影が建築を創ると思っているのだが、建築を構成してきた材料の持ち味にも想いがいたり、文化の香りを嗅ぎ取ることができる。建築の設計にあたり、その土地の状態、気候、地味、人情、固有の文化に私の創る建築がよりどころとする多くの示唆を得ている。建築が構成する街並みや都市についても同様に、既成概念や安易な模倣、素養のない独りよがりな思いつきを独創的だとして日本の風土になじまない行為の果て、国土の景観が損なわれているのを観察している。日本では政治・経済はもとより文化・芸能の分野に至るまで東京一極集中が進む状況は寒心にたえない。

 私は情報発信のテクニックや評価の受け売りではなく、自分の目を信じて語る素養を持ちたいと書き出してきたが、果たして読者の共感を得られるだろうか。

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